雪博士 中谷宇吉郎
「雪は天から送られた手紙である」
この素敵な言葉を残したのは、加賀市片山津出身の中谷宇吉郎(なかや うきちろう)博士(1900〜1962)です。
博士は、雪の結晶の美しさに魅せられ、世界で初めて人工的に雪の結晶を作り出すことに成功した科学者です。
ここでは、中谷宇吉郎博士のひととなりや業績を 博士の随筆を辿りながら、また、加賀市に暮らす私たちの目線で 紹介出来たらと思います。
九谷焼について 〜 冬の華 より 〜
「日本で芸術品としての陶器が出来出した頃、伊万里焼を倣って後藤才次郎という人が、九谷村で適当な粘土を得て造り出したのが九谷焼の起こりで、前田利治卿がパトロンとなってあれだけ発展したものなのである。(中略)数代も名工の後裔が、殿様の庇護の下で研究を続けて、一つの窯を完成させたのである。」
「九谷という村は、加賀の山中という温泉から六、七里ばかりも渓流に沿って上がった所にある山間の僻地で、今でも余程の物好きでないと行けぬくらいの山奥である。(中略)徳川初期の時代に、こんな所へ来て初めて、求める粘度を見出した人の隠れた努力には、しみじみ感じさせられる。」
古九谷「青手土坡に牡丹図大平鉢」石川県九谷焼美術館所有
加賀に住む人でも、あまり知られていない「九谷焼」の起源や美術品としての貴重さが、端的に説明されています。
宇吉郎の指す「真正の九谷焼」とは、今でいう「古九谷」のことです。
地球の円い話 〜 続冬の華 より 〜
「地球が円いという話は、何も珍しいことではない。今日では大抵の小学生が皆知っているとおりである。」
「もっとも地球が完全な球形であるというのは本当は間違いで、第一に地球の表面にはヒマラヤの山もあれば、日本海溝もあるので、詳しく言えば、凹凸があることは勿論である。それに中学生くらいならば、地球はそれらの凹凸を平均しても、やはり完全に円くならないので、南北方向に縮んだ楕円形になっていることを知っているであろう。
次に大学生になると、もっとも理化学方面の学問を学んでいる連中のことであるが、地球の形を高低平均するといっても意味が曖昧なので、(中略)地球の形は楕円形でもないので、擬似楕円体と称すべきであるなどということになる。
さらに地球物理学者に聞くと、地球の形は、そのいずれでもないので、「狐の色が狐色であるごとく、地球の形は地球形である」という返事をされるであろう。(中略)
ところがこれらのいろいろの説明の中で、一番真に近いのは、結局小学生の答えであって、地球は完全に円い球であると思うのが、一般の人々にとっては一番本当なのである。」
「その真偽をためすためには、次のような簡単な計算をしてみれば、問題は極めて明瞭になる。この円が直径6センチあって、線の幅は0.2ミリであるとする。それでこの円を地球とみると、地球の直径1万3千キロを6センチに縮尺して描いたことになる。この縮尺率から計算すると、線の幅0.2ミリは44キロに相当する。
ところで、エベレストの高さは海抜8.9キロで、海の一番深いところといわれるエムデン海溝が10.8キロの深さである。(中略)」
「こう考えてみれば、地球のかたちを図に描いてみるとなると、結局コンパスで円い円を描くより仕方がない。即ち小学生の答えが一番本当に近いことになってしまうわけである。」
立春の卵 〜 立春の卵 より 〜
「立春の時に卵が立つという話は、近来にない愉快なはなしであった。2月6日の各新聞は、写真入りで大々的にこの新発見を報道している。もちろんこれは或る意味では全紙面を割いてもいいくらいの大事件なのである。(中略)
立春の時刻に卵が立つというのがもし本当ならば、地球の廻転か何かに今まで知られなかった特異の現象が隠されているのか、或いは何か卵のもつ生命に秘められた神秘的な力によることになるだろう。それで人類文化史上の一懸案がこれで解決されたというよりも、現代科学に挑戦する一新奇現象が、突如として原子力時時代の人類の眼の前に現出してきたことになる。」
昭和22年、中国の古書に秘められていた真理(お話し)が、欧米の新聞記者たちを通して世界中で脚光を浴びました。実際に各国で実験がされ、日本でも新聞社や気象庁などで検証実験がおこなわれ、大きなニュースとして取り上げられました。中谷博士は、科学の分野から捉え、答えまでを分かりやすく導いています。
「もちろん日本の科学者たちが、そんなことを承認するはずはない。東大のT博士は「理論的には何の根拠もない茶話だ。よく表面上に卵が立つことをきくが、それは全くの偶然だ」と一笑に付している。実際に実験をした気象台の技師たちも「重心さえうまくとれば、いつでも立つわけですよ」とあっさり片付けている。しかし、その記事の最後に「立春立卵説を軽く打ち消したが、さて真相は……」と記者が書いているところをみると、記者の人にも何か承服しかねる気持ちが残ったのであろう。(中略)
それらの科学者たちの説明は、どれも一般の人たちを承服させていないようである。」
中谷博士は、一般の人たち(私たち)の目線に合わせて疑問を解くべく検証を始めました。実際に卵を立てるところから実験を始めたのです。それも、条件を変えながら進めていきます。
「毎日使っている花梨の机の上に立ててみると、三、四分でちゃんと立たせることが出来た。(中略)それでもやはりこの頃の寒さが何か作用をしているかもしれない思って、細君にその卵を固くゆでてみてくれと頼んだ。(中略)ゆで卵の方が出来上がった。水に入れないでそのまま持って来させたので、熱いのを我慢しながら中心をとってみた。すると今度も前のように簡単に立てることが出来た。念のため殻をとり去って縦に二つに切ってみた。黄身は真中にちゃんと安座していた。なんの変わりもない。黄身の直径三十三ミリ、白身の厚さが上部で六ミリ、底部で七ミリ、重心が下がっているなどということもない。要するに、もっともらしい説明は何も要らないので、卵の形はあれは昔から立つような形なのである。」
ここからが、科学者中谷博士の真骨頂です。次には物理学から、釣合の安定•不安定の説明に移り、重心からの垂直線が底面をはずれるときの傾きを計算し、結論を導いていきます。
「こういうふうに説明してみると、卵は立つのが当たり前ということになる。少なくともコロンブス以前の時代から今日まで、世界中の人間が、間違って卵は立たないものと思っていただけのことである。」
「人間の眼に盲点があることは。誰でも知っている。しかし人類にも盲点があることは、あまり人は知らないようである。卵が立たないと思うくらいの盲点は大したことではない。しかしこれと同じようなことが、色々な方面にありそうである。(中略)
立春の卵の話は、人類の盲点の存在を示す一例と考えると、なかなか味のある話である。これくらい巧い例というものは、そうざらにあるものではない。ニューヨーク・上海・東京間を二、三回通信する電報料くらいは使う値打ちのある話である。」
この随筆に中谷博士が随筆家としても優れ、分かりやすく楽しい文で、一般の私たちにも科学の面白さを存分にプレゼンテーションしてくれます。小・中・高学校の教科書に多く掲載されたことも十分うなづけます。
あとがき
中谷宇吉郎博士は、雪や氷に関する科学の分野をつぎつぎ開拓し、1963年3月12日に大学の低温実験室にて人口雪を作り出すことに世界で初めて成功し、気象条件と結晶が形成される過程の関係を解明しました。
また、凍土や着氷防止の研究など、低温科学に大きな業績を残しました。
活躍の場はグリーンランド、ハワイなど世界各地に広がり、趣味も幅広く、絵をよく描き、学会のレセプションでは日本舞踊を舞い、当時未だよく知られていなかった日本の文化の紹介にも力を注ぎました。
優れた随筆家としても有名で、随筆を通し、自身の研究を含め、科学の魅力を一般の人々に分かりやすく伝えました。著書には『冬の華』『立春の卵』など多数あります。
これらの随筆から、いかに中谷宇吉郎博士が、雪や氷を愛し、自然を愛し、また日本の文化と子供たちを愛し、地球を愛した偉大な科学者・人間であったのか知ることが出来ます。
中谷宇吉郎博士の、科学と通して まず仮定をたて 実験を繰り返して 答えを導き出していく姿は、現在の私たちにや子供達にも説得力があります。
加賀市が誇る世界の偉人です。
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